心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書221】夫婦で行くイスラムの国々

夫婦で行くイスラムの国々」(清水義範/集英社文庫)

 

インド旅行をきっかけに、イスラム各国をツアーでまわった旅行記。

各国を回っているがやはり個人的にトルコネタが好き。

 

あまり知らないところで、実は歴史性が面白い、というところはないだろうか。(39ページ)

筆者がトルコを選んだ理由だが、全く同じような理由で私も新婚旅行先をトルコにした。

当時、エジプトの政情が不安定だったことも大きいが、今となってはトルコにして大正解だったと思う。

 

しかし、スルタンの住んだ都であるイスタンブール以外では、トルコヘ行ってもイスラムの味わいなんてあまり感じられないのだ。(63ページ)

私が旅をした時とは多少時代が違うだろうが、そんなことはないと思うけどなぁ。

アンカラではアザーンの声が時折聞こえていたし、どこでも食事には豚がなかった。

尖塔のあるモスクだけがイスラム感ではない。

イランでは、お祈りを呼びかけるアザーンの声をほとんどきくことがなかった。(142ページ)

世界的なイスラム国という現在のイランのイメージからは意外な感じがする。

イランがシーア派であることは関係あるのだろうか。

 

トルコ人はもともとは中国の辺境にいた民族だった。そこから、トルコ人は我々と日本人は近い民族で(どちらも侍魂を持っている)、日本人は東へ行き今の地に着き、我々は西に来てこの地にいる、と考えるのが好きなのだそうだ。だからこそ、日本人は太陽を国旗に描き、我々は月(トルコの国旗は三日月と星を描いた新月旗)を描いているのだと。(73ページ)

この考え方は初めて知ったが、なんだか可愛らしい。

トルコ人の可愛げが全開な感じがする。

 

大トルコ主義、という考え方がトルコにはあって、我らの同朋は中央アジア西アジアに広がって多数いるのだ、と考える。(87ページ)

中華思想的なものかな。

イランにもペルシャとしてのプライドみたいなものを感じる。

過去の大帝国とその国であった自尊心は、文化や国民性となって残っているんだろう。

 

アラブ圏というのは、もともとはアラビア半島にある国々のことで、その代表はサウジアラビアである。

しかし今日、広くアラブ諸国と言う時は、アラビア語が使われている国々、ということをあらわすのだ。(129ページ)

これが結構大事なことのようで、一言にイスラムと言ってもアラブ人、ペルシャ人、トルコ人の三民族がいる。

何が違うかと言うと言語である。アラブ人がアラビア文字を使いアラビア語を話すのはもちろんだが、イラン人の文字はアラビア文字だがペルシャ語。トルコ人も同様にアラビア文字(現在はアルファベットをベースにした文字)だがトルコ語、ということらしい。

 

イスラム教は厳格な一神教のはずなのに、どうして聖人廟があるのだろう。アッラー以外は敬ってはいけないはずなのに、なぜ聖人の廟に祈りをささげているのか。(139ページ)

そして偶像崇拝は禁止なのに、神の花や預言者の花の模様があり、飾り文字がある。

そもそもシーア派ムハンマドの後継者としてアリーを信仰している。

唯一の神アッラーと唯一の預言者ムハンマド、というのがイスラム教の立場なので、ムハンマド以外を聖人として祭り上げる時点でイスラム教として難しい感じがする。

 

その夜の散歩で面白かったのは、緑見物の宴会だ。その日は金曜日であり、イスラムの休日だった。そして五月であり、まさに新緑のシーズンなのだ。緑見会と人々は、あたかも日本人が桜の木の下で花見の宴会をするように、緑の木の下で緑見の宴会をするのだ。(143ページ)

日本でいう新緑狩りのような感じだろうか。トルコにも四季があって花見をする、現地ガイドが言っていた。

ピクニックやこの緑見会など、屋外で食事を食べながら歓談をするのは万国共通のレクレーションなのだろう。

 

この他モロッコやエジプト、そして最後にスペイン。

トルコ以外のいってみたい国は断トツでイランになりつつある今日この頃である。

 

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