心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書273】海の翼

海の翼」(秋月達郎/新人物往来社/守谷中央図書館所蔵)

 

「いいでしょう」

ビルセルは、即座に快諾した。

「至急、日本人を救うための航空機を派遣してもらえるよう、本国に電報を打ちます」(109ページ)

 

たったこれだけのセリフに、思わず涙がこぼれそうになった。まだ物語も序盤、しかし、混乱のなかで触れるはじめての厚意であったからかもしれない。

邦人をイラン国外に待避させるために奔走した在イラン日本大使が、シビアなタイムリミットに絶望が深まる中で、正に最後の頼みの綱としてトルコ大使へ救援を懇願する一幕である。

 

イラン・イラク戦争が始まって五年。サダム・フセインがイラン領空を飛ぶ航空機の無差別攻撃を布告した直後、混乱真っ只中のテヘランの日本領事館では、取り残された邦人をなんとか国外に脱出させようと、大使をはじめとする職員たちが走り回っていた。

日本とイランの間に直行便はなく、各国の航空会社は自国民、そして同盟国の国民だけを優先して搭乗させた。当然、日本人はあぶれることになる。

 

そして、同じく懇意にしている商社の社員から、邦人救出を懇願されたトルコ大統領は快諾する。

大統領も、大使も、一個人としての意見ではない。「トルコ国民の総意として」助けるのは当然という意識なのである。

 

本書は、トルコの協力を得て、テヘランから脱出の目処が立つまでを描いた第一部、そして、トルコ国民がそのような恩義を感じるに至った重大事件であるエルトゥールル号事件を描いた第二部、最後に実際にテヘランを脱出する第三部、という構成になっている。

 

日本とトルコの関係を語る上で、外すことのできない事件、それがエルトゥールル号事件である。

端的には、和歌山県沖で沈没したエルトゥールル号の乗員を、救出したうえで、トルコまで送り届けたというものだ。

本書にはエルトゥールル号沈没の背景や、救出された乗員と村人との交流、そしてその後の様子が描かれている。

 

エルトゥール号事件が、感謝と共にトルコ国内で知名度を得ているのに対して、テヘランでの恩を記憶している日本人があまりに少ないことは、非常に残念に思う。

 

イランイラク戦争エルトゥールル号の二つの時代にまたがって話が進むため、登場人物が多い。

日ト関係についてはある程度勉強した上で読めば、日ト史上の人物が多いので問題ないだろうが、そうでない人にとっては人物の把握が少し大変かもしれない。

 

 

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