心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書321】森に眠る魚

森に眠る魚

森に眠る魚」(角田光代/双葉社)

 

1999年に起きた文京区幼女殺人事件をモチーフに、「お受験」に直面した母親たちの狂瀾を描く。

あけっぴろげな性格でヤンキー感ただよう繭子、美人で明るく叱らない子育ての千花、臆病で慎重派の瞳、裕福な奥様だけど自分の不倫関係を清算できないでいるかおり、他者への要求が強く被害妄想気味の容子。
性格も、生い立ちや仕事、ライフスタイルも、子育てに対するスタンスも違う5人の母親たちが、ただ「母親」というだけで、出会い、なんとなく心をかよわせはじめる。

彼女たちを「友」たらしめるのは「子供」というごくごく細い糸に過ぎない。
それぞれの性格を好意的に受け止め、自制して付き合っているうちはよかった。
だけど、誰にでも思惑や秘密があって、願望があって、だが、他人がそれを聞いてくれるとは限らない。
小学校受験という大事の前に、天秤はあっという間に傾き、間にある感情を憎悪と呼べるようになるまで時間はかからなかった。

興味深いのは、5人の間に憎悪が蔓延するにつれて、彼女たちの私生活もまた崩れていくことである。
摂食障害をぶり返し、ローンが焦げ付き始め、母の不安定を正面から浴びた子供もまた不安定になる。

不幸になる簡単な方法は人と比べることだ、といったのは誰だったか。

描かれるのは母親たちの事件であって子供の事件ではない。だが、母親たちが余裕をなくせば、被害者となるのは子供の方なのだ。

これは実際の事件とは違って「お話」であるから、犯人である彼女は一線を超えずにすむ。表面上は何も起きぬまま、終幕を迎える。
悪意も、凡その苦痛はいづれ、夢の中の、現実ではない遠い日のようになるといい。