心ゆくまで崖っぷちで読む本

読む読む書く書く、時々考える(旧insolble)

【読書325】隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民

 

隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)

隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)

 

 

オーストラリアの先住民、「アボリジニ」。
その単語から、洞窟にすんで狩猟採取の生活を送り、独自の文化を確立している濃い色の肌の人々…。
そんなステレオタイプを思い浮かべてはいないだろうか。

一言でアボリジニと呼ばれるが、西洋人の再発見以前のオーストラリア大陸には、250を超える言語の、700を超える部族があったという。
文化人類学の見地からのアボリジニ研究を志した筆者は、文化交流のための小学校教員としてオーストラリアに職を得て、白人社会の中で暮らすステレオタイプとは全く異なるアボリジニたちに出会う。
アボリジニたちへの聞き取り調査から、彼らがさらされた激動の時代が浮かび上がる。

非常に面白いテーマであり、興味深い内容である一方で、構成があまり上手ではなく主張がわかりにくい。

社会政策のなかで混血化や民族同化がすすみ20世紀前半には「絶滅寸前の人種(死にゆく人種、死にゆく民族)」とまで言われるようになったアボリジニ
実際に本書に描かれるアボリジニたちの実情は、民族の消えゆくときそのもののように見える。
混血化以上に深刻なのは文化や言語の喪失である。
1869年から1969年、一説によればそれ以降も続けられた「盗まれた世代」の政策によって、アボリジニ文化のほとんどは欠落してしまっており、継承しようにもすでにその手段がないのである。

また、差別のなかにあって初めて成立していた文化の保持と、民族の均衡が「平等」、「民族解放」の名のもとに翻弄される様子が見て取れる。
階級が分かれ、生活が分かれた状況にあっては、白人とアボリジニとでの仕事のすみ分けがなされており、アボリジニ同士のコミュニティが成立していたのである。
その垣根が取り払われた後に起こったのは、平等の名のもとのアボリジニへの雇い止めと失業保険によるアルコール中毒の増加、都市進出に伴うさらなる文化の喪失、「いいアボリジニ」と「悪いアボリジニ」という心理的差別意識の強化である。

一方で、すでに文化を失い混血化して白人社会の中で先進国的な生活を送る者であっても、縁の強さからアボリジニの「掟」に縛られ続けている。
この一点だけでも、アボリジニとはなんとオカルティックで魅惑的であることだろうか。
文化を喪失して、白人的に生きながら、アボリジニであるということは彼らの確固たるアイデンティティとなっているのである。

このようにせっかくの面白いテーマであるだけに、全体にどこか稚拙で言い訳じみており、若者の文章であるのが残念であった。