心ゆくまで崖っぷちで読む本

読む読む書く書く、時々考える(旧insolble)

【読書331】明日は、いずこの空の下

全く違うジャンルの本なのに、同じ思想を感じる時がある。

奇妙なことにそれは、たまたま連続して読んだ本であったりする。

自分の読書経験の中では、「羆撃ち (小学館文庫)」と「壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)」がそうであったし、本作と「探検家の日々本本」がそうである。

思考のプロセス、趣旨の全く異なる二作が、作中で同じ哲学に言及し、同じ結論を導き仕出す。私自身も、おそらく、連続で読まなければ気付かなかったのであろう。

読書の面白さである。

 

明日は、いずこの空の下

明日は、いずこの空の下

 

本作を読んだのは本当に偶然である。

Kindleで誤って購入してしまったのだ。しかも購入したことに気付いてすらおらず、返品の手続きができなかったというなんとも情けないはなしである。

読了する前に文庫が出てしまったりすると目も当てられない気持ちになるので、仕方なしにさっと読んでみた。

 

上橋菜穂子さんには、少女のまま年を重ねたような、無頓着さを感じる。

女子高生のノリ、とでもいおうか。恵まれているのは間違いない。

 

偏見を持つこと。

偏見を自覚すること。

偏見と事実の隙間を埋めて、認識を改めること。

悪びれることなく、恥じることなくこの一連を記すことのできるのは、素直にすごいと思う。

 

印象に残っているのは「楽観バイアス」のはなしである。

事象に着目することで、大事象、大きな危険を認識できない。人は良い情報を過大評価し、悪い情報を過小評価しがちである。

同じような話が「日々本本」もあった。そちらは世界が戦争に向かっていく中で起こる不倫劇だ。

危険も明確で具体的で、遭遇頻度が高ければ、訓練によって回避するすべを身に着けることもできよう。

だけど、あまりに大きな危険は遭遇頻度は低く、いつまでもその身に襲い掛かる日まで見逃し続けるままである。