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【読書344】チェチェンの呪縛 紛争の淵源を読み解く

 Kindleオーナーズライブラリーより。

市民以外の全てが、得をした戦争。
この文章だけで、チェチェン戦争の凄惨さがうかがえる気がするのは私だけだろうか。
 

チェチェン戦争。日本ではチェチェン紛争という呼び方の方が一般的かもしれない。ロシア南部にある北カフカス地方の一角、チェチェン独立戦争(第一次チェチェン戦争)および、その後の1999年から始まった第二次チェチェン紛戦争を合わせた呼び方である。

紛争による死者は1996年以降20万人にも上る、との報告もある凄惨な紛争である。 
 
本書はこのチェチェン紛争をとりあげたドキュメンタリーであるが、その内容は陰謀と策略に満ちており、
チェチェン戦争の本質は、経済戦争である。戦争の参加者は、ロシアも、チェチェン武装勢力も、イスラム原理主義者も、みんなが得をしている。すべてを失うのは市民だけだ」
という。
 
そもそもの始まりは2002年。モスクワで一つのテロ事件が起こる。チェチェン人の武装勢力が劇場占拠し、乗客を人質にとって立てこもった。ロシア軍の作戦によってモスクワの劇場占拠事件以降の、掃討作戦では、
チェチェンの25パーセントの地域が空爆され、グロズヌイをはじめ七つの主要都市が大きく破壊され、なかでもウルスマルタン地方のすべての村は殲滅された
という。
 
チェチェン戦争は、ロシアの国策としての戦争である。テロがテロを呼び、虐殺を生んだ。
ただ、難民からハチミツを奪っていく兵士も、たぶん貧しい。そこに難しさがある。
つまり、市民の中には、チェチェンの住民だけでなく、ロシア国民やその他の国の市民も含まれるのだ。
負の連鎖、というけれど、倍倍に乗数的に増えていく憎しみは、連鎖なんて生易しいものではない。wikiであらためて読んだチェチェン紛争や関連するテロに関する項目と、本書の内容に乖離がある部分もあり、それがいっそうの怖さである。
 
強国が自分たちの利権がらみで巻いた芽が、花開いたからといってテロだと煽り、さらなる火種にするのは、歴史的にみても、よくあるはなしのように思う。
平和であれば、生活が安定して幸せであれば、宗教はただの文化であり、安定剤だけど、均衡が崩れた瞬間からすがる先になってしまう。
ただでさえ苦しい時に、すがっているものを否定されたら、すがることすら許されなかったら、そりゃあ感情はこじれてしまう。
 
富や権力を得たいというのは、なにも否定する気はないんだけど。国民の支持を得るための戦争、作られた国家危機というのも実際にあるわけで。
各国や各組織にそれぞれの思惑があるにせよ、人命が無惨に踏みにじられなければならない道理などあるはずもなく。
事件の背景が「同時多発テロ」という言葉で巧妙に隠されてしまうのは、苦しい。
 
実は、本書を読んで、自分の中で一番変わったのは憲法9条についての考え方である。
日本は事実上の軍を所持してる。どう言い訳しても憲法違反の状態にあると思う。
その上で、私が自衛隊廃止論者か憲法を変えるべき派かはおいておくとして、やはり憲法に反する状態が常態化するのはよくないと思う。
つまり、自衛隊を廃止するか9条を変えるかじゃない?と思っていた。
しかし、9条を変えることで、自国が戦争をするしないではなく、他国の戦争を煽るようなことが生じるのであれば、9条がその抑止力になっているなら、改正してはいけないのかもしれない。