心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書378】春画のからくり

春画のからくり (ちくま文庫)

春画のからくり (ちくま文庫)

読むのが結構辛かった挫折本。細かく細かく分けて読んでようやく読了。

旧仮名遣いで本文中に「」で紹介されている箇所が割とあるのと、何より文庫を下本にしているため、実際の絵が少ない。あってもモノクロが多い。

ある程度詳しい方ならタイトルと解説で、ああ、あの絵ね、となるのかもしれないが、初心者が読むには辛い。絵を見ずに絵の解説だけが延々と語られるのである。

よって本書をより楽しむためには、ある程度の基礎知識を持った上で、または春画集のような、カラーの作品集とともに読むことをお勧めする。

歌川国芳 春画集

歌川国芳 春画集

全体の内容としては、布によって隠す、際立たせるの表現の変遷や、文化の中での春画の位置づけ(西洋的なマスターベーションのためのもの、ポルノではなく、鑑賞し共有し、笑うためのもの)、またその変遷(高価な美術品だった時代から、大量生産され一般化した時代)など、多岐にわたりなかなか読み応えがある。

例えば、

覗きという行為は、偶々見てしまったという行為ではない。見てはいけないものを意図的に、禁忌の強度はともかくとして、その禁を破って見てしまう、ということなのだ。覗くという行為の文学あるいは絵における表象は、「見る・見られる」ことにあり、時には覗かれる事を前提としている。そうである以上、その結末の付け方こそが問題だ。覗きを追体験させること、すなわちマスターベーションに誘うか、もしくはその露顕やぶざまさによって笑いに誘うかは、覗きという行為をどう捉えているかによって大きく異なる。

そして後者、笑い的な覗きが春画である、と筆者は主張する。 当時の社会的な環境(間仕切りが襖では、密室が形成されず覗きが成立しない)と照らし合わせても自慰のネタとすることが主な用途ではないと断じているが、同人誌における似たような誇張表現を見ると、なとなく疑わしい気がしてしまう。

時代の中でどのように評価されてきたか、の部分が他の資料によるものではなく、筆者の感覚で語られているため、結論ありきで資料が収集、紹介されている感が否めない。

一番興味深かったのは、最終章。テキスタイルと文化の関連性について述べられた章である。 源氏物語におけるテキスタイルの表現と登場人物のキャラクターについての考察は面白かった。

気の毒な末摘花は、衣装までも気の毒なほど古びた奇妙さに描かれる。「ゆるし色の、わりなう上白みたる一襲、なごりなう黒き袿かさねて、上着には、黒貂の皮衣、いと清らに、かうばしきを着給へり。〔皮衣は〕古体の、ゆゑづきたる御装束なれど、なほ、若やかなる女の御よそひには、似げなうおどろ〳〵しきこと、いと、もてはやされたり」と。ゆるし色は紅色か紫色の淡い色だが、これがひどく白っぽくなってしまっている。また袿は黒いはずはないので、紫色のものが黒ずんでいるのである。これだけでも古めかしい感じがする。黒貂の皮は渤海との交易で日本に入り、貴族階級にもてはやされていた。この時代では交易そのものも絶え、すでに時代遅れのファッションとなっている。この組み合わせでは、なるほど書かれているように、大げさで目立ったであろう。

こういう風に読むのだな、と古典の読み方を教えてもらった気分である。 古典も海外文学も、読み解くためには相手の文化への理解が欠かせない。単なる色彩の表現ではなく、色彩を表現することで何を浮き彫りにしようとしているのか。

顔は一様でも、髪や着物は多様だった。

蒔絵の人物の顔は一様である。 人物を表現するのは顔ではなく衣服であり髪だったのだ。妙に納得した。

源氏物語(一)桐壺―末摘花 (岩波文庫)

源氏物語(一)桐壺―末摘花 (岩波文庫)

  • 発売日: 2017/07/15
  • メディア: 文庫

古典はほとんど読んできていないけど、再度したら別の見方ができるかしら? insolble.hatenablog.jp

話は変わるけど、我が社でもコロナの感染者がでました。 意外と何もない。