心ゆくまで崖っぷちで読む本

中小企業診断士(登録予定)の読書ブログ

【読書456】始祖鳥記

すごくよかったのだけど、よかったがゆえにどう感想を書いて良いか分からない。

始祖鳥記 (小学館文庫)

始祖鳥記 (小学館文庫)

災害が続き社会不安が強くなった天明の時代、巨大な凧にのり、空を飛ぶことを目指した男がいた。 名前は幸吉。空に魅せられ、受難の末に空に立った男の数奇な半生を描く。

表具師、巻物や屏風に布や紙を貼り仕立て上げることを生業とする職業である。 若くして銀払いの表具師という恵まれた立場にありながら、何故幸吉は飛ぶことを求めずにいられなかったのか。 同じく表具師として生活を共にしていた弟の静止も聞かず、凧を使った飛行を研究し続ける幸吉。 一方で天災と伴う食糧難を契機とした、民衆の御上への不信感が、彼を英雄に仕立ててしまう。

古来怪鳥の噂は、必ずその時々の権力に対する民の非難として立ち現れる。

幸吉の闇夜の飛行実験は「イツマデ、イツマデ」の鳴声をあげる鵺と噂され、やがては家財を没収され、備前岡山を追放される。 岡山時代の幸吉は、かなりエキセントリックで近寄り難い。 その後船に乗り込んでからの様子は、憑き物が落ちたように穏やかに見える。

船を降り、再び陸で暮らし始めてからの幸吉は、才気に溢れた人格者として生きる。 遠方で一人歩きした鵺の噂(もはや伝説と化している)に、自縛を解かれるシーンはなかなか興味深い。

財を成し養子を取り安定した生活を手に入れた後も、否、安定した生活を得てしまっからからこそ、幸吉は結局は己の性から逃れられない。 優秀であったが故の不幸ともとれる。

何かを成す人間は、何かが過剰か欠落している。