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【読書459】破滅の王

破滅の王 (双葉文庫)

破滅の王 (双葉文庫)

パンデミックの話かと思ったら、ゼロ・レクイエムの話だった。

満州事変から敗戦に至るまでの時代、上海、中国を舞台にした歴史SF小説である。 架空の病原菌と生物兵器転用への目論み、各人、各国の思惑が交差していく。

満州国、細菌、生物兵器とくれば、想像つく方も多いと思うが、731部隊の話も出てくる。

内地から派遣された医師、研究者、大陸にある日本の学術機関の職員は、もとは純粋に、医療や防疫の業務、公衆衛生改善のために渡ってきた人々だ。自分が上海を選んだように、大陸に新たな職場を求めたのだ。けれども、日本軍から声をかけられると、とてもではないが断れない。ましてや業務の一部を担うだけなら、あっさりと受け入れてしまうほうが普通だ。

学生時代の講義で、731部隊を取り扱ったものがあった。 自分の身に置き換えた時に、はたして自分は、そのような実験に手を染めずにいられるだろうか?そんな質問があった記憶がある。

おそらく、学生の多くは「倫理に反するし、やらない」という回答だったと思うのだが、本文を読むと、やらないという選択肢が基本的に存在しないことがよく分かる。

命じられた仕事だけをして、それ以外は何も見ない。うかつに物事を訊ねない。知ろうとしない。これが鉄則だった。

軍隊という上位の命令が絶対の中で、自身の保身のためにも疑問に目を瞑る。臭いものには蓋をする。

手を染めた者と染めずに済んだ者の間には、タイミングや場所といった運要素が多分に絡んでいる。 歯車が少しずれれば、自分も同じ立場だったのかもしれない。

倫理の問題ではなく、人とはそういう生物なのだと最近思う。

一方で、自身の感情に蓋をできずに、自覚を持ってしまう者もいる。 そして、蓋をできなかった者は苦悩するのである。

『命令されたのだから仕方がない』。たったこれだけの言葉で、人は自分の心を守れるのだと僕は知ったよ。だってそうだろう。自分を残虐な殺人者だと自覚し続けることなど、訓練を受けていない普通の人間には無理なんだ。

冒頭にはゼロレクイエムと書いたが、コードギアスでゼロが目指した、自信をスケープゴートとしての和平ではなく、ハーモニーで伊藤計劃が描いた、世界を道連れとした自殺に近いのかもしれない。

insolble.hatenablog.jp

最終局面での攻防を蛇足ではないかと感じてしまった。 史実はともかく、そのまま大陸の近傍で最終決戦でもよかったんじゃないかなぁ。

物語の半ばまでの各人の苦悩、思惑、そして行動がとても生々しく、秀逸であるだけに残念である。

上田さんの短編集に、同様に第二次世界大戦前後の上海を描いたものがある。 そちらも面白かった。

insolble.hatenablog.jp

本作が好きな方は獣の奏者も好きじゃないかな、と思う。