心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書134】遠い幻影

遠い幻影」(吉村昭/文春文庫)

 

別の吉村昭作品のレビューを書いた際、コメントからご紹介いただいたので読んでみました。

吉村昭さんの現代劇を集めた短編小説集。

 

解説には「人生の一瞬の揺らぎを捉えた十二の傑作短編集」とあるけれど、まさしく揺らいだ瞬間の本人、周囲の人間たちが描かれている。

総じて、濃い時間を過ごさせてくれる作品たちだ。

 

まず最初に収録されている「梅の蕾」。

 

なんなんだ、この完成度は。

わずか30ページ足らずの作品なのに、ストーリーだけ見れば何の変哲もないよくある話なのに!

どのページが、とかどのシーンがと言われても困る。

とにかく完璧なのだ。物語が過不足なく完結している感じ。

「梅の蕾」を読んだ後、しばし呆然とし、続きが読めなくなった。

 

「ジングルベル」

こちらも妙に心に残る。

仮出所を控えた模範囚が所外作業中に脱走した。囚人を追う刑務官。

橋の中ほどで座り込んでいる受刑囚を見つける。

ジングルベルの曲が聞こえてきたんです。それをきいているうちに、なぜが胸が急に熱くなって自然に足が動いて…

 

読んだのが今だからこそ、という気もする。

もう少し、以前の自分であれば退屈に感じただろうし、もう少し後の自分であったら、気づかなかったかもしれない。

本書を読んだ自分側のタイミングも含めて絶妙だった。