心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書141】嘘つきアーニャの真っ赤な真実

嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(米原万里/角川書店)

ロシア語翻訳の米原万里さんが、少女の頃に過ごした在プラハソビエト学校。当時の級友たちの今を追うノンフィクションエッセイ。

それでも、このときのナショナリズム体験は、私に教えてくれた。異国、異文化、異邦人に接したとき、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てる全てのものを確認しようと躍起になる。(中略)これは、食欲や性欲に並ぶような、一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。(120ページ)

なるほど、圧倒的多数の他の文化に触れたときこそ人間は自己と他己との差異を明確にすることで、自分の立ち位置、自分自身の有り方を確認したくなるものなのかもしれない。

子供扱いを受ける年齢でありながら、社会情勢や周りを取り巻く環境に反応し、影響を受けて、成長する子供たち。

そして成長した少女たちの現在は、それぞれが微妙な立場にある。

ノンフィクションでありながら、フィクションの様に思えてしまうのは、余りに激動の時代だったからなのか。

実在した国で、実在した学校で、実在した少女たち。

そう認めるには各人の歩んだであろう人生は、あまりにドラマティックに思える。

三人の少女たちが歩んだ人生、個人と個人を形成した環境とはなんだろう。

例えば「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」に描かれるルーマニア人のアーニャは、共産主義者でありながら資本主義的に裕福な家庭で、裕福さを享受しながら育った。

ユダヤ人でありながらルーマニア人となった家で、大仰な言葉をつかい、誠実な顔で嘘をつく少女だった。

やがて彼女はルーマニアに帰り、英国人と結婚し、最期はルーマニア人であることを辞めた。

それぞれが己や親、国の信念だとか、与えられた環境に対して、自己に矛盾を抱かぬよう適応し、行動し、結果としてあるのが本作に書かれた現在なのだろう。

余談だけど、ヤスミンカってジャスミンの意味なんだね。

ユーゴスラビアでもジャスミンてあるのか、と思って調べたら、ジャスミンの栽培の歴史は古く、は古代エジプトにまでさかのぼるらしい。

中近東から欧米では女性の名前としても用いられるってwikiにも書いてあった。

そもそもペルシャ語の「ヤースミーン」がジャスミンの語源となれば、ヤスミンカのほうが言語に近いのか。