心ゆくまで崖っぷちで読む本

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【読書335】エンジェルフライト 国際霊柩送還士

 久しぶりに図書館に行くと、読みたかった本が続々発見されて困ります。

海外で死亡した際、その遺体はどうなるのだろうか。
現地で荼毘に付されて遺骨・遺灰となって移送されるか、航空機で遺体のまま搬送される。この遺体の運送を取り扱う、国際霊柩送還を請け負うのが「エンジェル・フライト」という小さな会社である。

彼らの仕事は大きく二つ。一つは遺体の国際輸送に伴う煩雑な手続きを代行すること。
もう一つは、遺体へ修復・防腐処理を施すことである。
悪条件の中の遠距離輸送、航空機の貨物室という特殊な環境下での輸送を経て、遺体は、家族のもとへたどり着く時にはひどい損傷を受けているという。
彼らはそんな遺体にエバーミングと呼ばれる防腐処理・修復処理を施し、死に化粧を施し、着衣を整える。
家族が再会する瞬間を、安らかなものにするために。

損傷をうけたご遺体を、生前の、きれいな姿にする。
そのままの姿を見たい、と思うのも人の心だし、きれいな姿できちんとお別れしたい、というのもやはり人の心だろう。ご遺族の意向には基本的に従うもののとしているが、本書を読む限りは出来る限り修復処理を勧めているように見える。なんだか非常にエゴイスティックな行為だと感じた。
それは彼らの経験上、なのかもしれないし、彼らの信念上、なのかもしれない。

痕跡の無い死は実感しにくい。
何かと対面しなければ、行方不明なのではないか、どこかで生きているのかもしれない、という気持ち、未練が残る。
対面しても、嫌悪感を抱いてしまうような状態では、己に対して遺恨も残すだろう。
幾度も抵抗感なく邂逅できること。あわただしいスケジュールの中で、十分に「もう十分だ」と思えることがその後において非常に重要な位置を占めるのではないか。

我が国では近年プライバシーへの配慮が進み、死は究極のプライバシーとして人の目から遠ざけられることとなった。それは同時に、正しい知識や判断力を我々から奪う。日本で亡くなった外国人の遺体は、どこでどんな扱いをされるかわからない。(24ページ)

この一方で、外国で亡くなった日本人の遺体は、どこでどんな扱いをされるかわからない。なんとなく逆説的だ。日本人はどちらかというと、遺体を非常に大切にする文化を持つが、他人の宗教に対して寛容であっても無理解だ。

西欧人と日本人の遺体に対する価値観の違いは「墜落遺体」にも言及がある。遺体を「ご遺体」と呼び、その帰還を待ち続ける日本人と、そうして必死に特定した遺体についても、遺体の帰還をとくには望まないという西欧人。 

 

本書は「エンジェル・フライト」を取り扱ったノンフィクションであるが、ノンフィクションとするには筆者のかけるフィルターが厚く感じた。読み口はエッセイに近い。
冷静な目で、一歩引いてみるには、重い仕事であったのかな、と思う。